あなたは運命論を信じますか??運命論って何?

【あなたは運命論を信じますか?】





よく「運命的な出会い」「そうなる運命だったんだよ」など耳にすることの多い「運命」という言葉。

 

物事の本質を追い求める活動である哲学では、人生観や世界観、精神に時間など抽象的なものが対象になることが多いですが、この「運命」というものは目に見えない抽象的なものの塊のようなものです。

そんな抽象的な運命は運命論などで論じられることの多いものですが、そもそも「運命」とは何なのでしょうか。

 

■そもそも「運」って?

「運命」という言葉に使われている「運」という言葉を調べてみると「巡り合わせ」という意味が出てきます。

ではその「巡り合わせ」という言葉は何なのかと調べてみると「運命」や「偶然」などという言葉が出てきます。

「運命」については後述するとして、「偶然」という言葉を調べてみると「物事が予期せぬ仕方で起こること」といった意味にたどり着きます。

 

わざわざ書くようなことでもないのですが、「車に轢かれかけたが運よく助かった」のような使い方をしますよね。

運という言葉を先述したようなニュアンスで言い換えるなら「車に轢かれそうになり、もうダメだと思ったけど予期せぬ形で助かった」といった感じでしょうか。

 

「運頼み」なんて言葉もありますが、これについても普段使うニュアンスとしては「自力ではどうにもならないから偶発的な何かに助けてもらいたい」というものだと思います。ギャンブル的な要素が強いですね。

 

■それでは「運命」って?

「運」という言葉を調べたら直ぐに出てきた「運命」という言葉ですが、調べてみると「人間の意志ではどうすることもできない、身に巡って来る吉凶禍福」という意味だそうです。そのニュアンスから転じて「将来」なんて意味もあるそうです。

「神頼み」や「運否天賦」など他力本願代表みたいな言葉に繋がっていきそうですね。

 

「運」という言葉が偶然的なニュアンスであるのに対して「運命」という言葉はなんだか必然的なニュアンスが強いように感じますね。

「運命を変える」なんてセリフをドラマや漫画で見聞きしますが、人の意思ではどうすることもできない必然的なものを努力や根性で捻じ曲げようとしているということですから

 

■では「運命論」

満を持して「運命論」の登場です。運命論は別の言い方では「宿命論」とも呼ばれています。

小難しい話は一切なく、一言で言ってしまえば「世の中の出来事は全て、起こる前からそうなるよう結果が定められていて、人間の努力ではそれを変更できない」という考え方です。

 

ローマ神話ではフォルトゥーナ、ギリシヤ神話ではモイラが運命の女神とされ、運命を操るとされていることから大昔から運命論が存在することが伝わってきますね。

ちなみに「チャンスの神様は前髪しかない」という言葉はフォルトゥーナ(幸運の女神)を指しているそうです。

 

運命論についてはもちろん科学的根拠はなく、思想や信仰の話になってくるので神話や宗教を学ぶとより深くまで知ることができます。

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■あなたはどっち派?

ちなみにマイナビウーマンによると64.5%の男性は「運命」を信じていないそうです。ちなみに筆者もここまで書いておいて言うのもなんですが信じておりません。

 

ここからは主観で書かせてもらいますが、仮に運命論を肯定するのであれば、今こうして私が記事を書いているのも元々決められていたことで、あなたがこの記事を読んでいることも元々決められていたこととなります。

作成する際に一緒にコーヒーを飲むことも決められていたことですし、何だか肩が痛いのも決められていたことです。

 

物事には因果関係があり、コーヒーを飲みたかったのも、肩が痛いことにも理由や要因があります。それらも元々決められていたことになります。

信じないというか、信じたくない理由としては、何かもの凄い度努力をして成し遂げたことがあったとしても元々成し遂げることが決められていたこととなってしまいます。

もちろんその努力すること自体も決められていたことなのでしょう。

 

なんだか努力することが馬鹿らしくなりますよね。それで努力をすることをやめるとしても決められたことだったと言われたらたまったもんじゃありません。

全ては生まれてきた瞬間から、もしかしたら生まれてくること自体も決められていたこととなります。もっと言えば輪廻転生も信じるのであれば前世や更にその前からかもしれません。

 

運命論は信じたくないような物事に直面した時「これは決まっていたことなんだから仕方がない」と心を落ち着かせるためには効力を発揮しそうですが、世の中には自業自得という言葉もあるわけで身に降りかかる物事の大半は自分のせいなわけです。

勉強ができないのは勉強をしない選択を自分でし、仕事が辛いのもその会社を選んでしまったのも自分です。

 

もちろん信じること自体は悪ではなく自由であり、先述したように過半数(約64%)は信じていなくても、残りの35%ほどの人は信じています。

宗教の自由は日本国憲法で定められているので何を信仰するのも自由です。

 

さて、あなたは運命論を信じますか?




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