中庸という言葉と哲学者ソクラテス




日本語の中でも「中庸」という言葉は、意味が複雑で中々日常会話で使用することも無い用語なので、意味をご存知ない方もいらっしゃると思います。
そんな方の為に「中庸」という言葉について少しわかりやすくまとめさせていただきました。

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中庸とは?

そもそも「中庸」とはどのような意味を持つ言葉なのでしょうか?
簡単に言うと「平均的でバランスの良い中間」を指す言葉だとされています。
辞書を引くと「偏ることなく常に変わらない事。過不足なく調和が取れていること」と載っています。
類義語としては、適度・頃合い・程よい・緩和などが挙げられます。
抽象的に柔らかく「中間」を指す言葉が多いように感じられます。

また対義語としては、極端・不当・一流・粗雑などが挙げられます。
中庸という言葉が「バランス良く、安泰な様子」を意味しているので、その対義語は「極端で偏った様子」を示す印象の悪い言葉が多くなります。
一流などの特別良い状態の言葉もまた「極端」なので、中庸の対義語となります。

使い方としては、会話の中で使うというよりも、小説などの文章を書くときに使うと、言葉が生きてきて理解もされやすくなります。

中庸とは元々4つある儒教の経書である司書のうちの1つで、大学・中庸・論語・孟子があります。
儒学の中で「人間の徳」と説かれている、仁・義・礼・智・真の5つに通じる中心的概念として「中庸」が存在しています。
簡潔にまとめると、中庸という「平均的でバランスの良い中間」を心がけることは、徳によって人間関係をより良い物にして人生を円滑に進めていくことへとつながっていく、という考えです。
例文としては「中庸な立場でいることが大切だ」「落ち着いて中庸な心構えでいる」などがあります。

「中庸」という言葉は儒学から来たものではありますが、古くから哲学者たちによって論じられてきました。
その中でも、古代ギリシア時代の哲学者ソクラテスは「哲学」という概念を作った最初の哲学者であると言われています。
なので、全ての哲学はこのソクラテスの考え方から派生していったものとも言えます。
ソクラテスの哲学とは、「無知の知」に基づいた「問答法」をしていくものです。
知ったかぶりを一切せずに相手に質問を繰り返していくことによって、物事の本質を暴くというこの方法は、哲学の手法として確立されていきました。

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ソクラテスと中庸の関係

その後、ソクラテスの弟子であるプラトンはイデア論という理想と現実・物事の本質について説きました。
イデア論とは理想主義者のプラトンらしい考え方の一つです。
例えば目の前にリンゴがあったとして、大きさや色合い・形が異なっていたとしても、目の前にあるそれを「リンゴ」だと認識出来るのは、イデアの世界に本当のリンゴの姿があり、現実に見ているそれはコピーに過ぎないからだという考え方です。

プラトンの生徒であったアリストテレスは、プラトンやその師であるソクラテスとは違い、人々の実際の生活に根ざした、徳や善などを論理学のテーマにした。
彼によってやっと哲学上で「中庸」という考え方が重要視されるようになったのです。
アリストテレスは「人々が目指すべき最高善」を「幸福」だと考え、幸福とは何であるか、またその幸福を実現していくための道筋についてを解いていきました。
そして中庸こそが幸福であると定義したのです。
何事も行き過ぎてはいけないが、不足があっても良くないので、中庸な状態こそが人々にとって最善であると考えたからです。

例えば「辛いこと・不快なこと」に対しては、それを恐れすぎたり回避しすぎてもいけないし、侮って行動しても良い結果にはならないとされていたり、「嬉しいこと・快楽」に対しては、溺れすぎずかつ鈍感すぎるようでもいけないとされていて、何事も節度を守って生活していくことによって公正につながるとされたようです。

まとめ

いかがでしたでしょうか?
「中庸」についてまとめさせてもらったので、少しでも誰かのお役にたてれば嬉しいと思います。
中庸とは現代においても、とても大切にしたい考え方のひとつだと筆者は考えます。
中庸を日頃から心がける事ができる人というのは、周りの多くの人から信頼され、本人も幸福そうに見えるからです。
実際に充実した毎日を送っているので幸福を感じているかもしれません。
実際に充実した毎日を送っているので幸福を感じているかもしれません。
中庸な人は、周りに気を配る事が上手にできるので、仕事や学校などで共同作業をしているときに、自然と縁の下の力持ちに回ってくれるのです。
また、自分のものさしを持っているので、周りに流されず、かと言って自分の考えに固執しすぎる事なく、最善の答えを導き出すことが出来ます。

中庸の精神とは、人にも自分にも穏やかでいられます。
0点や100点を求めるのではなく、50~70点を素直に認めていられるからです。
ストレスの多い現代社会には、見習うところがおおい言葉なのかもしれません。

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