ソクラテスの無知の知を具体例を示して解説!現代ではこういうこと!




将棋を知らない人でも羽生さんをご存知の方は結構いらっしゃいますよね!

そして、哲学を知らなくてもソクラテスを知っているという方も結構多いのではないかと思います。

ソクラテスという人は、古代のギリシャで活躍した「哲学の祖」とも呼ばれる人物です。

古代ギリシャというと、イエス・キリストが生まれたとされる2000年以上も前の話ですので、そうとう昔の哲学者、くらいの認識で結構です。

「そんな古い人の考えはどうやって伝わったの?」
という疑問が聞こえてきましたが、実は弟子のプラトンという別の哲学者がソクラテスの言葉を本にしてまとめてくれていたのです。
そのおかげで、現代のわれわれがソクラテスを知ることができたのです!

今回は、ソクラテスの無知の知について具体例を示しながら解説していきたいと思います。

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「無知の知」とはいったい何か

そんなソクラテスですが、数々の思想を現代にもたらしてきます。その中でも特に有名なので「無知の知」というものです。

英語で言うと「I know that I know nothing.(私は、私が何も知らないということを知っている)」という風に訳されていますね。

これは一体どういうことなのでしょうか。

当時、ギリシャの街中には「ソフィスト」と呼ばれる知識に富んだ役職の人たちがいました。
彼らはその知識の多さゆえに、議論では相手を打ちのめし、事実よりも議論で勝つことができる話術のほうが重要だと考えていました。

ソクラテスは、そういったソフィストの考え方を真っ向から否定し、彼らが放った言葉の矛盾を問いただすために質問をし続けました。

ソクラテスは賢いがゆえに、知識人であるソフィストさえも追い詰めてしまうのですが、ソクラテス自身は自分を賢いとは考えていないのです。
むしろ、「本当のことなどまだ何も知らないのだ」と考えていたのです。

そんなある日のこと、ソクラテスは神殿にて神から「貴方が一番賢い」という旨を伝えられます。

ソクラテスは、自分は何も知らないはずだから一番賢いはずはない、と考えるのです。
しかし、何かを知っている気でいるソフィストたちが知らないこと、つまり、「自分たちが本当は何も知らないということ」を「知っている」のはソクラテスだけだと気づきます。

それが、「無知の知」の意味なのです。

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現代における「無知の知」

では、これは現代においてどのような具体例があげられるでしょうか。

このソクラテス像は、現代で言う「アスリート」が当てはまるのではないでしょうか。
オリンピックに出るようなアスリートは、「現状に満足しない」という言葉をよく口にしますよね。

あれは、「自分がまだ本当の強さを手に入れていない」という意識が働いている証拠だと思われます。
つまり、「自分は弱い。本当の強さなんて知らない」という風にとらえることもできます。

かたや、ソフィストのような「2流」とも呼べるようなアスリートは、「自分はもう本当の強さを手に入れた」と勘違いをしてしまうのです。

「無知の知」とは、現状が本当に正しいのかを問うことができる者のみが得られる「知」なのですね。

「無知の知」における矛盾

「無知の知」については話してきましたが、この思想にはある矛盾が生じてしまうのです。

お気づきの方もいらっしゃると思いますが、それはつまりこういうことです。

無知とは言えども、「何も知らない」という事実だけは知っているのではないか、という矛盾です。

確かに、一見すると矛盾してるかのように思えますよね。ただ、私は矛盾だとは考えません。

「無知の知」という「知」は、「何かを知っている」という「知」とは別ものだと考えるからです。

前者は後者より高次の段階の知であり、その間には境がしっかりとあるように思われます。故に、そういった矛盾は本来矛盾とは成りえないと考えられます。

さいごに

ソクラテスの「無知の知」はわかっていただけたでしょうか?
具体例もあげたので、イメージはしやすくなっていると思います!

簡潔にまとめたので、多少粗いところもありますので、一度『ソクラテスの弁明・クリトン』を読んでみるといかもしれません。

ソクラテスの意外な魅力に出会えるかもしれませんよ^^

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