ソクラテスの弁明の内容要約!時代背景から哲学思想まで!




『ソクラテスの弁明』とは、ソクラテスの弟子であるプラトンが著した作品です。ソクラテスは文章で記録を残していないため、ソクラテスのことを知るためには唯一といっていいほど歴史的な価値が高い作品になっています。現在、最も入手が簡単なのは岩波文庫の『ソクラテスの弁明/クリトン』でしょう。

今回はその岩波文庫版を手ほどきながら、『ソクラテスの弁明』の世界を味わってみたいと思います。

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<時代背景~あらすじ>

紀元前404年、ギリシアのアテナイでスパルタ三十人政権が起こり、恐怖政治が行われていました。スパルタ三十人政権はすぐに倒れ、アテナイの政権を奪還したのは民主派の勢力でした。彼らは現在の民主主義のような政治観を大切にし、三十人政権の悲劇を招いた元凶を断ち切ろうとしていました。そこで、哲学者という「異端の存在」を粛清しようとする動きが泡われました。ソクラテスもその1人になり、「国家の信じない神々を導入し、青少年を堕落させた」という罪で公訴されます。その裁判における公訴に対して、自分の立場を明らかにしながら、批判していくというのが、この『ソクラテスの弁明』の中身です。

 

<無知の知>

『ソクラテスの弁明』は先述した公訴に対する、ソクラテスの対抗弁論から始まります。ソクラテスは自身が実践する問答法とは、デルポイの神託による「ソクラテスより賢い人間はいない」というお告げに対して始まったものと語ります。しかし、ソクラテスは自身が賢いとは思っていなかったため、自分が本当に賢いのかどうか試すために、人々に問答を繰り返したということです。

 

この問答というのは、相手の主張に対して、その概念的な説明を質問していくというのがベースになっています。例えば、「人生とは、よく生きることだ」と語る人がいれば、「ではあなたの意味する『生きる』とは何なのか?」と質問することによって成立します。

 

しかし、質問された相手はほとんどがその答えに窮することになりました。そこでソクラテスは、こうして真理について答えられない人々より、自分は何も真理について知らないことを自覚している。その分だけ、彼らより賢いのではないか? と考えるようになりました。

 

ソクラテスが目指したのは、対話によって真の知を探求することを手助けしようとしていたことです。そして、それは神によって与えられた、自分に対する使命なので、それはやめられないと語ります。ソクラテスは国家のために働いている、と主張します。

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<死の求刑>

ソクラテスの考える、それに対する相応の刑罰は、公会堂における無料の食事ということでした。それは当時のアテナイでは最高級の「賞状」のようなものを意味していました。

 

ソクラテスは求刑どころか、自分には称賛されるにふさわしい言動が備わっていると指摘したのです。

 

その結果、ソクラテスは死刑を宣告され、裁判は終了します。

 

<死の選択>

これに対して、ソクラテスは死ぬことを動じない構えを見せていました。これは当時の人々を驚かせましたが、これはソクラテスの思想が理由になっています。

 

ソクラテスの語る「無知の知」とは、「知らないことに対して、知ったふりをするのは愚かである」という意味でした。なので、死についてはまだ経験しておらず、それに対して何も知らないのに、死を恐れることは愚かである、という立場で、死を受け入れたのです。

 

ソクラテスは牢獄の中でも、本当に死を受け入れたかのように、何も恐れているようには見えず、自身の哲学を「実践」することによって死を迎えたのでした。

 

<まとめ>

ソクラテスは自身の思想(哲学)を実践することによって、生涯を全うしました。その証拠となる記録が、このプラトンによる『ソクラテスの弁明』です。現代の世の中では、理論と実践が乖離している研究者が多いのではないでしょうか? 例えば、コミュニケーションについて研究しているのに、学生とコミュニケーションが取れていない研究者などです。そのような現代の研究者に対する「警句」のようにも読み取れます。

 

自分が自信をもって主張することは、実践でも現実化しないといけないという当たり前のように見えて、実は難しいことを、ソクラテスは私たちに投げかけているような気がします。ソクラテスはその意味で、「真の哲学者」でした。ソクラテスという「哲学の生きる証拠」について知るために、この『ソクラテスの弁明』は現代もなお、存在しているのではないでしょうか?

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