ソクラテスが言いたかったイデア論とは何なのだろうか?




ソクラテスが生きていた当時のギリシャでは、ソフィストと呼ばれる厄介な人間がはびこっていたようです。

今回は、ソクラテスがいいたかったイデア論について紹介します!

ソクラテスのイデア論

イデアとは?

哲学の中心概念です。
見られたもの、知られたもの、姿、形の意味と言われています。

魂の目で見られた形を意味し本質的のものの概念のことです。

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本質を追求したソクラテス

社会の中では、相対主義、つまり「個人には個人の考え方があるから、正しいと思う価値観もそれぞれで違う」というまとまりのないムードが漂っていました。

ソフィストたちはそのような空気感につけ込んだのだと思います。

彼らは莫大な知識を持ち、詭弁を手段として、もっともらしいことを雄弁に語っていました。そして一般民衆が自分たちを崇拝するように、情報操作をしていたわけです。

今でも私たちの周囲には、大きな声で、ハキハキと偉そうなことを大げさに言う人がいますが、冷静によく考えてみると、その人は嫌われ者だから不安なのです。

その反動によって、ますます態度が横柄になうという悪循環に陥っています。そのようなソフィストたちが世の中を席巻すると、結局のところは衆愚政治に成り下がってしまうのです。

ですがそのような腐敗した世の中だからこそ、なんとか正常に戻したいと考える人物が必ず現れてくるものです。それがソクラテスだったのです。

ソクラテスは堕落したギリシャの世界と権力者たちに叛逆をしようと考えました。そして問答法という非常に巧妙な戦術を使って、ソフィストたちの欺瞞を暴露していきました。

権力者や政治家たちが、実は何も分かっていないことを、質問ぜめで暴いていくやり方です。ソクラテスは自分の意見を言うことはありません。「私がわからないことを教えて欲しい。」と言って、相手から意見を引き出すだけです。質問され続けられるとソフィストたちは言葉に詰まってしまいます。

最終的にソクラテスは「結局あなたたちは何も分かっていないのですね。」という言葉で権力者たちをギャフンと言わせていきました。そして市民にも言いたかったことがソクラテスにはありました。ソフィストたちの話を聞いて、分かったふりをして、喜んでいるけれども、結局は何も分かっていない。自分も含めて全ての人間は何が正しい事なのかを知らない。だからみんなで知恵を出し合いながら考えていくべきなのだ。

これを「本質の探求」と言います。そして真実を知らないことを認識すること。それがスタートとなって、本質を求める姿勢が生まれる。

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無知の自覚

これを「無知の自覚」と言います。有言不実行で誠実さに欠ける知識人に辟易していた若者たちは、ソクラテスの哲学に大きなショックを受けるのです。そして彼は偉大な指導者として尊敬されることとなります。恥をかかされて面白くないソフィストたちは、ソクラテスに憎しみを抱くようになります。そして「若者を扇動する害悪」としてソクラテスに死刑を宣告することとなりました。そして彼は死刑の執行まで1ヶ月間の猶予を与えられました。それはソクラテスが惨めにもギリシャから逃げていく姿を一般市民に見せて、従来の詭弁による衆愚政治に戻したいという意図があったのかもしれません。

それが分かっていたかのように、ソクラテスは友人や弟子たちの説得にもかかわらず、逃亡することを考えませんでした。最後まで信念を曲げませんでした。そして自分で毒杯を飲み、他界したのです。結局のところ、ソクラテスは立派な哲学を語ったわけではありません。この世の中は分からないことだらけだから、真理を探し求める情熱を持つことが哲学なのだ、と言いたかったのだと思います。そしてその思いは弟子のプラトンへと引き継がれていきます。

また物事の本質はイデア界にあると考えたプラトンの哲学(イデア論)を否定的に捉えたアリストテレスも、ソクラテスの影響を受けていると考えられます。このように脈々と引き継がれていく哲学は、ソクラテスから始まったのです。

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