真に自分が求めるものを探す~ソクラテスと「魂の世話」わかりやすく解説!




古代ギリシアの大哲学者・ソクラテスほど深く自己と向き合った人はいないでしょう。

彼は、やがて人間は死にゆくものだという厳然たる事実を直視しつつ、だからこそ生きていく上で最も大切なことを考え抜いた人物だと言えます。

やがて死んでゆく人間にとってもっとも大事なもの、それは富や財産を築くことでもなく、地位や名誉を追い求めることでもないはずだ。

それらを追求することが悪いことだと言わないけれども、何かもっと大事なものがあるはずだとソクラテスは考えました。

そして一つの思想に至ります。

それが、人間にとっては「エピレメイア・テース・プシュケース」、つまり「魂の世話」こそが、まずもって取り組むべきことだということです。

今回は魂の世話について解説します!

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魂の世話とは?

魂とは肉体が滅んだ後も、絶えることなく存在しつづける人間という生き物の根本です。

その魂が本当に求めていることとは何かを考え、それを大切にしていくことこそが魂の世話なのです。それでは魂が真に求めるものとは何なのでしょうか。少なくともそれは人間社会で生きていく上での表面的な事柄ではないはずです。

先ほどの富や地位・名誉などというものを人間の本質と呼ぶことはできません。それらは生きている間は有効かもしれないけれども、死んでしまった後までは持っていくことができるものではないからです。

ソクラテスは自分の魂が本当に求めているものは人生の真理を「知る」ことだと考えました。つまり「知」の飽くなき探求こそが魂が求めていることであり、それを実践することが「魂の世話」であると考えたのです。

哲学のことを「フィロソフィー」と言いますが、これは「知を愛する」ということです。

ソクラテス自身、自分のことを「知者」と呼んだことはなく、「知を愛するもの」だと言っていたそうです。

では人生の真理とは何なのでしょうか。

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人生の真理とは?

ソクラテス以後のギリシア哲学のキーワードの一つに「真善美」がありますが、たとえばこの真善美を追い求めることも人生の真理を追究する魂の世話の重要な要素であると言えるでしょう。この点で、ソクラテスはそれ以前の哲学者たちとはっきり区別されます。

それまでの哲学者はこの宇宙を形作っている普遍的な原理を探求しようとしました。

タレスは万物の根源を「水」であると言い、ヘラクレイトスは「火」、ピタゴラスは「数」こそが万物の源だと言いました。

哲学に外向きと内向きがあるとすれば、これらはすべて外向きの哲学です。自分の周りを取り囲むものの原理を追い求めたのでした。

しかしソクラテスは深く自分の内側に目を向け、真に自分が求めるものは何かを考えようとしたのです。

真に自分の魂が求めるものを知る出発点として、ソクラテスはまず自分がいま知っていることは何かを考えます。

対話法とは?

その方法のひとつが有名な対話法なのです。高名な知恵者、哲学者や市井の人々との対話を通じて、その人たちが何を知っているか、自分は何を知っているかを突き詰めていったのです。その過程の中でソクラテスは、自分は何も知らないということに思い至ります。と同時に、何も知らないことを自分は知っているということにも彼は気づくのです。「無知」なる自分を「知る」こと、いわゆる「無知の知」です。

自分にはこんなに知識がある、自分は世の中のことをこんなにも知っているとうぬぼれているようでは、本当に自分が求めることを知りたいという謙虚な気持ちは生まれないでしょう。逆に自分の無知をよく知っていればこそ、日々の暮らしの中から、自らが求める「知」を探ることができるはずです。

ソクラテスの言う「魂の世話」とは何も知らない自分を出発点として、そのような自分と向き合いつつ、同時に自分の魂の声に静かに耳を傾ける自分自身との対話に他ならないということができるのです。

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