ソクラテスの思想と生き方とは?社会情勢が影響を与えた?




ソクラテスは石工師であるソプロニスコスを父に助産婦であるパイナレテ を母として、アテナイに生まれ、生涯のほとんどを生まれ故郷アテナイで暮らしたとされています。

青年期には自然科学に興味を持っていたという説もありますが、晩年は論理や徳を追求する哲学者でした。

今回は、ソクラテスの思想と生き方について紹介したいと思います。

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●ソクラテスの思想

ソクラテスの生きた当時の時代はギリシャ世界。彼に先行する哲学者やソフィスト達は、ほとんどがアナトリア半島沿岸や黒海周辺、イタリア半島出身者でありギリシャ世界における知的活動は植民地・辺境地によって先導されてきたものです。アテナイを含むギリシャ世界中心地域は古くからの神話や伝統に依存した保守的な土地柄であり、徹底した民主政が確立された時代から、敗戦後状況による社会的、政治的混乱を経て没落していく時代にまたがり、新旧入り乱れた知的環境の混乱からアテナイ人としての知的好奇心・合理的思想。そして、どれとも与し得ないままに経験的発見と神々の信仰心によって結びつく思想的立場を生んだとされています。その思想はアテナイの保守層でもなく、外来・辺境のソフィスト・哲学者とも合致しない相対的で特殊なものであり、ペロポネソス戦争の敗戦後とその後の三十人政権による恐怖政治に対するアテナイにおいて、ソクラテスはアテナイを堕落させる危険思想家の一人と看做され政治的に敵視され、裁判にかけらた後、死刑となっています。
ソクラテスは徳などについての考えの形成をソフィストのような他者の手に納得しないまま安易に委ねることを嫌っています。そして、自身の考えに従い、おかしいと思うことは相手がだれであろうと忌憚なく問いかけ、正しいと思うことはだれに反対されようとも実践すべきであることを身を持って示しました。その結果が死刑を受け入れることにもなったとされています。

ソクラテスは優秀な弟子を数多く輩出し、カイレフォン、クリトン、プラトン、アリスティッポス、アンティステネス、エウクレイデス、クセノポン、アルキビアデス、クリティアス等々がソクラテスの師事を仰いだとされていますが、彼自身の思想はソクラテスの弁明にある通り、「使命を果たさんとして語るとき、誰かそれを聴くことを望む者があれば、青年であれ老人であれ、何人に対してもそれを拒むことはなかった」 という理念のもとで質問に応じ、問答しただけにすぎないと誰の授業をしたわけでも約束し、授けたわけでもなく、かつて誰の師にもなったことはないと考えている為、「弟子」というものではなく弟子と看做されるという表現の方がソクラテスの思想から正しいとされています。

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●ソクラテスの生き方

ソクラテスの生き方はその思想に則り、弟子を取らず、問答によって自ら学ぶという姿勢を貫いています。その中でもソクラテスの我を感じさせるのが「神のみぞ知る」 と「ソクラテスの弁明」による最後の一節です。彼は神々への崇拝と人間の知性の限界を提唱しています。人間はその身の丈に合わせた節度を持って生きるべきという考え方であり、世界の根源や究極性を知ることは神のみが知ることであるというのが彼の思想でもあります。

しかし、その思想に拘らず、保守性を過激に推し進めた結果としての[「無知の知」は彼の探求心と執着心さらに節制した態度にある人間の限界について、限界とはどこにあるのかを追求する姿勢。知の境界に徹底的な見極め、人間としての分をわきまえつつ最大限の探求を求め続けるよう努めるその姿勢は、数多くある内容的な欠陥・不備・素朴さにも関わらず思慮深く、卓越した人物とされその地位を押し上げたとされています。また彼の弟子達の多様展開からわかる通り、着眼点によって様々な解釈、柔軟性を持ち、多面的な性格を持った思想家でもあり皮肉屋でもあったとされています。

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